« 少数意見の尊重と強行採決 | トップページ | あけましておめでとうございます »

私が今の安保法案を廃案にすべきと考える理由

 最初に結論を書く。現在(2015年夏)国会で議論されている安保法案を廃案にすべきだと私は考えている。
 安全保障は国家や民族の衰亡にも関わる重要問題であり、小手先で法案をいじるのではなく、まず安全保障の基本戦略に関する幅広く深い議論を先行しなければならない。当然、与野党で、あるいはさまざまな国内のグループにおいて、基本戦略に小さくない相違があるだろう。
 議論に際しては、民主主義国家では選挙による政権交代が起こりうることと、安全保障の基本戦略が政権交代によって不連続に大きく変化することは対外関係を大きく損なうおそれがあり、また安全保障に関する諸資源を浪費するおそれがあることを与野党が認識し、できる限り広範な共通基盤を構築することを目指さなければならない。そのためには、客観的事実等合意しやすい共通基盤の確保、異なる戦略方針にいたる論理的理由の明確化、戦略方針の齟齬を埋める努力、といったことが必要になろう。
 具体的な法律整備やその運用は、基本戦略に関する上記のような議論を行った上で定めなければならないと私は考える。現在議論されている安保法案はこの過程を経ていないので、まずは廃案にし、その上で上記のように基本戦略に関する議論、法案の議論をあらためてやり直すべきだというのが私の考えである。

 正直に書くと、安保法案の議論が始まるまで、私自身ここまできちんと考えてはいなかった。上記の主張をする人間であれば、少なくとも2014年に「安倍内閣の解釈改憲」や安全保障法制の整備が話題になった時点で、勉強や情報収集を行い、本稿のような意見をまとめておくべきだったと思う。この点は迂闊だと批判されても仕方ない。反省を表明しておく。

 さて、日本の安全保障に関して昨今読んだ本の中では、とくに小川和久『日本人が知らない集団的自衛権』(文春新書、2014/12/20)がとくに印象深かった。
 同書の中で本質的に重要な指摘と考えるのは「(日本には)最初に大きな構想や戦略を立てたうえで、個別の政策や戦術を考えていく取り組みがない」(p.68)、「集団的自衛権に限らず、日本では「賛成か反対か?」の議論から始められる傾向があります。総論がなくて各論から始まるのが日本の議論の特色です」(p.152)、「結論から言うなら、海洋国家としての戦略が不在だからです」(p.188)、「日本には海洋権益を守りきる国家戦略や取り組みがあってしかるべきでしょう。しかし、それが存在しないに等しいのです」(p.190)といった点である。
 小川氏は、だからこそ安倍首相が集団的自衛権(に関する解釈改憲)を持ち出したことを契機に、基本戦略に関する議論が深まることを期待していたようであるが、残念ながらそこで活発な戦略論争が起きたようには見えない。結局、安保法案という「各論」が国会に提出され、基本戦略に関する議論はほとんど行われず、憲法を含む法律論が展開される状況に至っている。

 戦略という意味では、集団安全保障の憲法解釈に先んじて、2013年12月17日に『国家安全保障戦略』( http://www.cas.go.jp/jp/siryou/131217anzenhoshou.html )が閣議決定されている。「「国防の基本方針について」(昭和32年5月20日国防会議及び閣議決定)に代わるものとする」と書かれており、1957年(私が生まれる前!)の閣議決定から56年ぶりに改訂された「戦略」だから、基本戦略として相当重みがあるものだと思うのだが、大きな議論になった記憶はなく、小川氏の上記著作でも触れられていない。
 内容については、いくつか問題だと思う点があり、また優先順位や概念の括りについては他の政党がまとめれば違った形になるだろうが、書かれている内容それ自体は概ね妥当だと思う。ただし、日頃から安全保障問題を深く分析している訳ではないので、書かれていない重要なポイントを見落としたかもしれない。
 したがって、まずこの安全保障戦略について、できれば閣議決定前に国会でとことん議論しておくべきだったと思う。

 その上で、当然今回の安保法案はこの戦略をふまえたものであろうから、戦略から法案に向けてどのようにブレークダウンしたかについて、内閣が国会で、あるいは国民に向かって説明すべきだ。この戦略は「アメリカの離れが火事になった際に公道上から消火する」といったような意味不明の比喩と違ってわかりやすく書かれており、その戦略を具体化する上でどういう必要がありどのように法文を定めたかを説明してくれれば議論も深まったことだろう。
 また、主として現状認識の部分においては、徹底的に参照情報(事実関係等)を注記しておくべきではないだろうか。冒頭に書いたように、安全保障戦略については意見の差を超えた共通基盤をできるだけ広く確保することが非常に重要であり、評価や結論の前提として共有できる事実関係等を列挙することが基盤づくりに大きく寄与すると考えるからである。
 「違憲・合憲の判断は法律制定後に最高裁が決すべきこと」という意見を目にするが、自衛隊が多国籍軍に加わってどこかで軍事行動を行っている最中に違憲判決が確定するといったことが起きたらどうなるかを考えていただきたい。軍事行動の最中に根拠法が違憲・無効ということになったとしたら。
 憲法判断を含む共通認識、法的共通基盤については、充分な議論を積んで固めておく必要がある。

 「安全保障戦略に関する議論の質」という点については、田中良紹氏が『臆病と傲慢が織りなす安保法制のナゼ』(ヤフーニュース、 http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakayoshitsugu/20150715-00047560/ )で明確に断じている。今回の委員会審議については、「これほど意味不明の議論をかつて見た事がない。審議時間は100時間を超えたと言うが、いくら聞いても法案の内容を理解することが出来ない」という強い批判だ。
 一方アメリカにおいては「私が1990年から見てきた米国議会の安保論議でこれほど曖昧な事を言う政治家は一人もいなかった。彼らはまず米国の国益を定義し、それがどの程度侵犯されたら武力行使に踏み切るかを具体的に議論する。従って戦争に勝つとしてもそれが国家の損失を招くと考えれば戦争はやらない。メリットがあるかないかを厳密に具体的に議論する」と書いている。私が、国会その他での議論を通じて安全保障戦略に関する意見の相違と共通点を明確化する必要がある、と考える前提には、田中氏が書くような討論のイメージがある。

 本稿は安全保障戦略を構築する道筋を議論するのが目的であるが、一点だけ、今回の安保法案を批判する側の重要な論点に触れておきたい。
 上記記事で田中氏は、アメリカが「クリントン・ドクトリン」によって「米国の国益ではなく、民族紛争や宗教対立で大量虐殺が起きた時、人道的な見地から米国は武力介入する」方針を採ることになり、さらに「ブッシュ・ドクトリン」で「テロリストとテロリストをかくまう国家に「先制攻撃」する方針を宣言し」、その結果「イラクとアフガンで取り返しのつかない泥沼に陥る。何のメリットもなかった」と書いている。
 今回の安保法案を批判する側の根拠、とくに「歯止め」という言葉が出てくる理由は、アメリカが主導する「何のメリットもな」い「先制攻撃」に自衛隊が巻き込まれるおそれにあるだろう。アメリカから「出兵してくれ」と言われた際平和憲法を盾に拒む、というのが歴代政権の方針だったと聞く。
 個別的自衛権を意識しながら、まずは周辺事態、あるいは南シナ海まで範囲を広げて、現行法の不備の整備、憲法解釈の確認、必要な措置と現状で出来ないこと、といった点を整備しながら憲法解釈や改憲を含めて議論を広げ、深めることが最初に行うべき手順だったと思う。せっかく議論が広がったのだから、今回の安保法案を一旦廃案にした上で、あらためてそこから始めてほしいものだ。

 最後に、もう一点付記しておきたい。
 安倍首相が外国を訪問した回数は歴代首相で一位だと報じられており(注1)、今回の安保法案提出に当たっても多くの国から支持を受けていると表明している。この外交努力を私は高く評価している。
 本稿で問題視しているのは、日本が安全保障戦略を策定するにあたり国内で行わなければならない基盤構築を怠っているという点であり、それが結果的に日本の安全を危うくするという危惧である。

(注1)
ブルームバーグ『安倍首相:外遊歴代トップへ、ジャパン・イズ・バックで積極外交 (1)』2014/07/29
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-N9EMQL6JTSEA01.html

[編集記録]
2015-08-05 10:47 違憲判断に関連する2パラグラフを追記

|

« 少数意見の尊重と強行採決 | トップページ | あけましておめでとうございます »

コメント

参考論説

BLOGOS『安保法制で考えておくべきこと・・・国会議員の安保への無知』by江田憲司
2015年08月24日 10:02
http://blogos.com/article/129764/

 「シビリアン・コントロール」と称して、政治が自衛隊をコントロールするという建前にはなっているが、知識や経験のない政治家がそれをまっとうできるわけもない。実際に軍事行動を経験していない自衛隊自身も、海外で他国軍と共同でオペレーションできる能力はまだまだ不十分だし、その戦略も机上でのそれにすぎない。専守防衛を旨としているが、自衛隊も世界からみると、ある意味「軍隊」とみられてもやむをえないことを考えると、その指揮命令をこの程度の政治家にゆだねることなど危険極まりないと思ったのが、いまの私の原点なのである。

[コメント]
 問題意識には私と共通点が多いと感じます。
 ただ結論については、「軍事力を持つ以上、政治家がそれをコントロールする能力を育てなければならない」が私の意見なのですが。著者は、(少なくとも短期的には)能力がないのだから歯止めが必要、とお考えなのでしょう。おそらく。

投稿: dai(ブログ著者) | 2015.08.25 10:48

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/35133/62022253

この記事へのトラックバック一覧です: 私が今の安保法案を廃案にすべきと考える理由:

« 少数意見の尊重と強行採決 | トップページ | あけましておめでとうございます »