« 経済指標の次元解析、あるいは時間が分母にくる意味 | トップページ | 石炭ショックの予感 »

コモンズとしての小水力の意味

 以下は、2009年9月20-21日に開催された第27回エントロピー学会シンポジウムの記録として、同学会誌第68号に掲載した内容の後半である(多少手を入れ、最近の動向は省略した)。前半は1つ前のブログに入れた。
 大規模水力発電と小水力発電のどこが違うのかをしばしば聞かれるが、技術的境界線として明確なものはなく、むしろ社会的意味の違いが重要だと考えている。大規模水力は都市や工業地帯に供給する電源であるのに対して、小水力は地域で消費する資源(コモンズ)だという理解を、歴史から説き起こした内容となっている。

 小水力発電について、歴史をふりかえることで社会的意義を考えてみよう。図1は、日本の水力発電の歴史を、大・小という視点で整理したものである。

図1 日本の水力発電の歴史概観

Zu1

 事業用水力発電として日本で最初に運転開始した蹴上発電所は出力160kW(その後順次増設)と小規模なものであったが、その後特別高圧線による遠距離送電が可能となり、東京市に電力供給する目的で大月市内に15,000kWの駒橋発電所が建設された。
 注意していただきたいのは、遠距離送電技術が大規模水力発電所を可能にしたということである。当時、発電所周辺の住民はこのように大きな発電所を必要としていない。駒橋発電所は大消費地である東京市の電源として開発されたものであり、その後相模川(桂川)上流部では都留市内に鹿留・谷村2発電所が開発され、東京市に電力を供給した。
 そしてさらに、相模川水系だけでは不充分ということで、利根川・信濃川(千曲川)・阿賀野川といった水系が首都圏の電源地帯として開発されてゆく。
 その一方、小水力発電による農山村の自立的開発も進められていた。たとえば上記の都留市内では、1905年に谷村電燈株式会社が三の丸発電所(70kW)を、また1922年に桂電燈株式会社が夏狩発電所(190kW)を建設し、地域に電力供給を行っている。
 ところが、高度成長期に一般電気事業者の送配電網が農山村まで広くカバーするようになると、発電所や地域送電網を電力会社に譲り渡し、自立的経営を手放す地域が大半となる。発電所から配電網一式を近年まで持ち続けてきた地域は、私の知る限り旧別子山村(2003年に新居浜市と合併した際、設備一式を住友共同電力株式会社に譲渡)だけである。屋久島も、現在まで送配電網を地域団体が管理していることで知られているが、発電所は持たず、屋久島電工株式会社の水力発電所から給電を受けている。

 では、今後の小水力発電開発はどのようにあるべきなのか。
 全国小水力利用推進協議会の推計によれば、1,000kW以下の小水力発電所は、今後300万~500万kW程度の開発が可能であり、地球環境問題や資源制約を解決するための役割が期待されている。そのような発電所は誰が開発すべきか。
 再び地域社会が小水力開発に乗り出すことが望ましいと筆者は考える。一般電気事業者のような大規模組織が小水力を開発しても効率が低いだろうというのも理由の一つだが、より重要なのは、小河川・渓流は地域資源であり、コモンズとして位置づけるべきだというい点である。地域資源は地域社会で開発し、地域内で利用し、資源に関する地域自立を促す役割を担わせるべきではないだろうか。
 比較的水に恵まれた地域であれば、民生用電力需要だけでなく、地域産業の電源や移動用電源(電気自動車など)を小水力発電でまかなうことができる。輸入した枯渇性資源への依存から脱却しエネルギー自立を果してゆく動きを、海から遠い河川上流部から作り出していくことが小水力開発の意義だと私は考えている。

|

« 経済指標の次元解析、あるいは時間が分母にくる意味 | トップページ | 石炭ショックの予感 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/35133/49527679

この記事へのトラックバック一覧です: コモンズとしての小水力の意味:

« 経済指標の次元解析、あるいは時間が分母にくる意味 | トップページ | 石炭ショックの予感 »