« 英語のキャッチコピー | トップページ | 石油会社が製油所に投資しない理由 »

ローマ人の物語は誰もが読むべきだ

 最近、塩野七生『ローマ人の物語』にはまっている。しかし、だからと言って皆が塩野を読むべきだと主張するのではない。

 名前は忘れたがある歴史家が次のように語っていた。「最近の歴史は科学的過ぎて面白くない。歴史はもっと物語的であるべきだ」と。
 なるほどと思った。

 「ときは今」と聞けば「雨がしたたる五月かな」と応える人は多いだろう。けれどもそれを歴史の教科書で覚えた、という方は少ないのではないか?光秀をどう評価するか、とか、好きな戦国武将は誰かと聞かれたら、あなたにも自分の答えがあるのではないだろうか。
 私の場合、戦国時代を描いた歴史物語を最初に読んだのは、吉川英二『太閤記』。次に司馬遼太郎『国盗り物語』。最近では安部龍太郎の『信長燃ゆ』が印象深かった、というより『信長燃ゆ』を読んで、光秀による暗殺の動機がやっと解明された気分。(一応ネタバレっぽいので具体的には書かないけれど、確か広告や書評にもはっきり書かれていたはずなので、「動機」に関する安部の解釈は簡単に知ることができると思います)

 ローマに戻ろう。教科書で読むローマ帝国について、いったい何が記憶に残り、何が印象的だっただろうか。『おまえもか、ブルータス』はシェークスピアだし。
 歴史学の科学性を否定するつもりは毛頭ない。「事実」を掘り出す作業には科学性や冷静な客観性が不可欠だろう。だが、それらをつないだだけでは私たちの求めるものは得られない。歴史を読むことで人生を豊かにし、人間を洞察し、そして未来に活かしていきたいというのが、私たちが歴史を好む動機ではないだろうか。だとしたらそこには物語が必要だ。

 歴史小説家の解釈や推理が入る分、歴史観に個性が現れるだろうし、誰もが認める客観性から外れてゆくだろう。しかしそのことによって私たちの歴史理解が豊かになり、人間洞察が深まるとすれば、それを良しとすべきではないだろうか。
 「動機」に関する安部の仮説はおそらく少数派だろうが、名だたる一将が天下人を私怨で暗殺することにどうしても得心がいかなかった私にとっては、真実はこれしかあり得ない、とさえ言いたくなる仮説だ。
 そうそう、歴史小説家というのは史実をとことん勉強したうえで、最後の最後に「どうしてもこれしかあり得ない」と思うストーリーに行き着いてそれを描くものだ、と書いている歴史小説家がいた(これも誰だか忘れてしまったが)。

 私たちの生きている時代は、そのベースを欧州文明に置いている。そして欧州人は子供のころからさまざまにローマ人の物語を読んでいるはずなのだ。その彼らを理解し現代文明の立脚点をより深く考えるために、日本人もローマ人の物語を一冊くらいは読んでおくべきだろう。これが私の言いたかったことである。

 そしてもうひとつ、塩野を読んでいて再三にわたり「ああ」と感じることがある。パクスロマーナという秩序を形成し維持するためにローマが何をしなければならなかったか。そのことを読むにつけ、パクスアメリカーナを経営している、あるいは経営しようとしているアメリカの行動の意味が見えてくるのである。
 残念ながら(あるいは喜ばしいこととして)パクスアメリカーナは終焉に向かいつつあるように見える。その原因を分析するも良し、来るべき時代の方向性を予測するも良し。そういった面からもローマ人の物語は興味深く読むことができる。そして、現代人であり同じ日本人である塩野が描くパクスロマーナの端々に、彼女の現代社会に対する見方も伺える気がするのである。

|

« 英語のキャッチコピー | トップページ | 石油会社が製油所に投資しない理由 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/35133/12916654

この記事へのトラックバック一覧です: ローマ人の物語は誰もが読むべきだ:

« 英語のキャッチコピー | トップページ | 石油会社が製油所に投資しない理由 »