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ピークオイル論に関する議論の整理と自分の立ち位置

ピークオイルに関する議論が急激に高まっている。Webで検索すると興味深い情報が山のように出てくるので、その辺を少し整理しつつ、自分の立ち位置を固めようと思って小論を起こすことにした。

1. ピークオイル論の定義
多分、ちゃんと定義した人はいなんだろうと思う。Webであちこちのサイトを覗くと、人によって少しづつ違う意味で使っているみたいだ。先鋭的な議論でしばしば見られる「バベルの罠」(同じ言葉を人によって違った意味で使うことによって議論が混乱することを、私はこう呼んでいる)にはまった状態。
ということで、「ピークオイル」という言葉の意味を明確にすることでだいぶ議論が整理されるだろう。

ピークという概念と、オイルが基幹的天然資源であることに注意して素直に考えると、「オイルピーク論(説)」は次のように定義できるのではないだろうか。
●オイルピーク論(説)の定義
私たちにとって意味のある期間の中で、石油の有限性が資源制約として社会的意思決定に影響を与えるレベルの問題になるという主張

最初に考えるべきは、ピークという概念は有限性と呼応することだ。有限な資源の採掘量はいずれ減少に転ずるわけだから。
とはいえ、地球の大きさが有限である以上、地中の石油が有限であることは論を待たない。したがって問題はタイムスケールだということになる。
エコノミストの中には「5年以上先のことは考えても無駄だから考えない」と堂々と口にする人がいるらしいが、そういう人と社会や未来について語りたいとは思わない。そこでたとえば「孫が成人するまで」を考えるのが責任ある大人の最低限の責任だとすると、今年成人した人の孫が成人するのは、最後の子どもが35歳で生まれるとすれば70年後。2076年ということになる。もちろんもっと先の未来の心配をする人も大勢いるだろうが、とりあえずの線引きとして、70年以上という条件をつけよう。つまり
70年以内に石油の有限性が資源制約として社会的意思決定に影響を与えるレベルの問題になるという主張
はすべてオイルピーク論だということになる。

次に注意すべきは「資源制約として」というところ。石油を使わなくなった、という理由で採掘量が減っても、それはピークオイル論とは違うだろうという意味である。「利用可能な石油は使いたい」という社会的要求がある中で、資源制約のために採掘量が減る、そういう主張がピークオイル論なのだろうと思う。

また、もう一つ注意を要する部分がある。「社会的意思決定に影響を与えるレベルの問題になる」というところ。つまりピークが来るのが2076年以降という主張であったとしても、2076年以前にオイルピーク対策に着手すべき、と主張していれば、それもピークオイル論に含めるべきだろうということである。

以上の論考をふまえてピークオイル論を定義してみると「2076年以前に石油の資源制約が顕在化するという主張=ピークオイル論」ということに近い。私は自分からピークオイルを主張することはしないのだが、資源制約についてはしばしば口にしている。たとえば「基幹的資源(石油のほか、鉄、木材、食料など)のいくつかは数年以内に資源制約が顕在化する可能性が高い」といった言い方をしているのだが、上記定義に照らせば私もオイルピーク論者だということになるだろう。
なお、「・・・ということに近い」という表現をしたのは、4.で後述するように採掘に対する投資の不足が主たる制約条件になっている場合に「それも資源制約と言う/言わない」という二つの異なった考え方があり、「言わない」人は「物理的ピークでないにもかかわらず採掘量がピークになるという現象を資源制約と呼ぶべきではない」と主張なさるだろうからである(ただし結果的には一緒だと思っているので「近い」という言葉を選んだ)。

2. 非ピークオイル論は?
以上のように定義してみると「ピークオイル論争」の大部分はピークオイル論者どうしが論争しているに過ぎない、ということが見えてくる。
私の知る限りでの「非ピークオイル論」は「地球深部からオイルがわき上がっているので資源量を心配する必要はない」という主張くらいだろう。ただしこの主張は今のところ定量的根拠があいまいなので「消費量の増加を前提にして、2076年以前に資源制約が顕在化することはありませんか」と聞いても、明確な答えは帰ってこないだろう。ピークオイル論に対する反論としては残念ながら力量不足が否めない。
ということで、有効なピークオイル論争の大部分はピークオイル論者どうしの論争ということになる。争点は「時期」と「グラフの形」だ。

3. 時期について
ピークがいつかという点について、経済産業省が2006年5月に公表した「新・国家エネルギー戦略」では、IEAの「石油生産のピークに関する見通し」として、悲観的なケース(究極可採埋蔵量=2兆3000億バレル)で2015年前後、標準的なケース(同、約3兆2000億バレル)で2030年前後、楽観的なケース(同、3兆8000億バレル)で2035年前後としている。
※「数字が違う」という点については後述
有名な釣鐘型グラフを最初に見たとき「なるほど」と思ったのは指数関数というものの特性。つまり、グラフの下側の面積がいくら増えてもピークの時期はそんなに変化しないということ。エネルギー需要が指数関数的に増加する、と考える限り、ピークの「高さ」は大きく変わるけれど、ピークの「時期」はそんなに変わらない。上記IEAの見通しでも、楽観と悲観で埋蔵量が1兆5000億バレルも違っているにもかかわらず、ピークの時期は20年しか違わない。
ということで、ピークオイルをめぐる議論のかなりの部分は、この論点をめぐって繰り広げられているように見える。ピークが「目と鼻の先」なのか「とりあえず先の話」なのかという対立である。

※「数字が違う」こと
石油の究極可採埋蔵量について、これまで私が学んできた数値は「石油が無くなった遠い未来に振り返ったとき『人類はこれだけの石油を使ったんだな』と考える量」のこと、あるいは「人類が石油を使い始める前に遡って、利用可能だった量」として表現されていた。つまりすでに消費してしまった量を「含めて」埋蔵量の数値としているのである。
最初このことは不思議であった。普通の感覚で「究極埋蔵量」と言ったら「今埋まっている量」と思うじゃないですか。でも石油の世界(鉱山学の世界?)では、すでに使ってしまった量を含めて「かつて存在した量」を究極埋蔵量と呼ぶ。
でも、すぐに気がつきました。毎年掘って使っているのだから、今埋まっている量を議論すると何年の時点で埋まっている量の話か、ということを問わないと数字に意味がない。「1985年時点の究極埋蔵量は1兆8000億バレルとされていたが、新たな知見にもとづいて埋蔵量は増加しており2000年時点の究極埋蔵量は1兆6000億バレルと見るべきだ」という文章を見て、どう思います? 1兆8000億バレルとされていた埋蔵量が、増加した結果1兆6000億バレルになった。
もし仮に1985年の究極埋蔵量が1兆8000億バレルだったとして、その後15年間、年平均200億バレル消費していたとしたら3000億バレル消費して、残りは1兆5000億バレルになっているはず。ところが2000年の時点で1兆6000億バレル残っているという調査結果が出たとすると1000億バレル増えたことになる。つまり1985年の1兆8000億バレルより2000年の1兆6000億バレルの方が1000億バレル多い。
これってややこしいですよね? だから○○年の残存量ではなく、人類が使い終わった時点の総消費量、あるいは使い始める前の存在量を「究極可採埋蔵量」として議論していれば、何年のデータであるかに関係なく「究極可採埋蔵量は○○バレル」と言える。
聞いたわけではありませんが、多分そういう理由でそういう数字が使われていた。そして「究極可採埋蔵量は2兆バレル」という数値が広く信じられており、回収技術の向上もあって2兆数千億バレル、といったあたりが標準的かなぁ、といったところであった。
「新・国家エネルギー戦略」で上記IEAの見通しを最初に読んだとき、悲観的な数値が1兆7000億バレル、標準が約2兆6000億バレル、楽観的な数値が3兆2000億バレルなので、最初は「そんなものかな」と思ってしまった。しかしこの数値は究極可採埋蔵量ではなく、(1996年1月時点の)「残存究極可採埋蔵量」であったのだ。
「残存究極可採埋蔵量」という概念は、この時初めて目にした。トリッキーだ。
悲観的な数字が2兆3000億バレルだったら「あれ?」と思うはず。2兆バレル台が標準的だとずっと言われていたから。それが1兆7000億バレルと書いてあるから、最初は不審に思わなかった。でも、(1996年1月時点の)「残存究極可採埋蔵量」が1兆7000億バレルということは、上に書いた普通の究極可採埋蔵量は2兆3000億バレルくらいということになる(1996年までの累積消費量が6000億バレルとして)。
IEAが「1996年1月時点の残存究極可採埋蔵量」という数字を出した理由を勘ぐりたくもなろうというもの。

4. グラフの形について、特に「投資不足」問題
グラフの形についての議論は「どっちでもいいんじゃない」くらいに考えたい。「ピークを想定して対策を立てなければならない」という点で合意できていれば、形はどうでも。
とはいえ、実は本質的な問題が一つ含まれている。最初の方で書いた投資の不足に関する問題。
石油の採掘量が横ばいになったときに「原因は物理的な資源制約ではなく、採掘設備に対する投資が不足し設備不足が原因になっている」という主張が出てくるだろうし、すでに今の「オイルピーク論争」の中で論点になっている。
この点は事実認識の問題ではなく評価の問題だというのが私の結論。つまり、オイルピーク論者どうしの議論(だということは先述)の中で、投資不足に起因する横ばい状態を「良い」とするか「悪い」とするかという評価問題。
図1(pdfファイルをダウンロード)を見ていただきたい。現時点までの推移は同じだとして、未来において線1をたどるか、線2をたどるか。
環境派や倫理派は「資源は細く長く使った方がいい」と考えるので、線2を良しとする。投資が減ったおかげで細く長く使えるのだから。
エコノミスト派は未来をディスカウントするので「使えるときに使った方がいい」と考える。投資が不足するのは経済メカニズムが病んでいるからだ。どうして線1にならないのか。
とうことで、どっちも実はピークオイル論であるにもかかわらす、論争が発生するんだな。

5. ディスカウントレート
長期割引率をどう考えるかというのは、実はとても大きな問題であるにもかかわらず、日本ではほとんど問題になっていない。
江戸時代というある程度理想的にエコロジカルな社会を作ってしまったために、ロジックとして問題になりにくい。それに対して欧米は自然破壊的な文明を作ったので、問題点をロジックとして取り上げやすい(ということかもしれないと思う)。特に、歴史のある欧州はともかく、新大陸ではいまだにフロンティア・スピリット(非持続的価値観)がポジティブに評価される。まあ、そんな理由かなとも思う。
また、日本の経済学者は横のものを縦にすることでメシを食っている。アメリカの学会で話題になっていることを日本語で書けば安泰。
環境エネルギー派の古典的名著『ソフト・エネルギー・パス』の中ですでにロビンスが「長期割引率はゼロまたは若干のマイナス」と書いているにもかかわらず、日本の環境派の間ではいまだに割引率問題をきちんと位置づけていない。上で「環境派や倫理派は」と書いた。なぜ「倫理派」と書いたか。長期割引率をプラスにするといういうことは、未来の世代の権利を私たちの権利より下に置くことを意味するからである(生存の物理的根拠を仮想のエコノミーではなく物理的制約として位置づける限り)。
ピークオイルに関する論争も、つまるところここに漂着するというのが小論の一応の結論となる。論点は「時間」だ。細く長く使い続けることと、さっさとピークにするのが正義だという見方の対立。そう、「ピークオイル反対論者」の主張にしたがって着実に石油を消費することで「速やかにピークに到達」という不思議な問題設定。
論点は時間だ。

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コメント

 各論に入るのですが、ピーク反対論の中には、EROEIだかEPRだかの概念を採用しないという立ち位置があって、投資さえすれば低品位の資源を採掘可能だ(鉄やアルミなど豊富な資源の場合と同じ)という主張になるわけですがここについてはどうですか。

 答えを聞くまでもない(^^;)か。

投稿: SGW | 2006.08.26 21:35

聞くまでもない、ですね (^^)

ところで、EROEIって何ですか?

EPRについては、やみくもにEPRな議論がちょっと目につくので、EPTと比較しながら一度考えを整理しておこうと思っています。

投稿: dai | 2006.08.27 13:57

EROEIはエネルギー収支「差」といったものです。
http://wolf.readinglitho.co.uk/mainpages/altenergy.html#eroei
をどうぞ。

投稿: SGW | 2006.08.28 10:56

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 これまでの各種論点(末尾参照)に基づいて、ピークオイル議論の枠組みについて論点整理のための図示をしてみました。  このフローチャートは左上の端から始まります。  一番上の段は、現状がポストピーク時代かどうかの診断をしています。  右下の楕円の枠内が狭義のピークオイル論と呼ばれる議論かと思います。  後期ピークオイル論もピークオイル論の一種だ、という論も成り立つでしょうが、ここでは主張する人たちがピークオイル論から距離を起きたがっているだろうことから、枠の外にしておきました。  まずは、矢印のつ... [続きを読む]

受信: 2006.09.21 11:21

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