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マネーは石油価格を動かせるか?

1. はじめに

 昨今、石油価格の急騰が話題となっている。その原因として需給構造要因があるだろうというのが多くの方の見方であろう。たとえば2006年5月に経済産業省がまとめた「新・国家エネルギー戦略
では1999年以降の価格上昇を「構造的な需給逼迫」と捉えている。
 一方、石油市場に流入したマネー(投機的に動く資金のことを本論ではこう呼ぶことにする)が原因で必要以上に価格が上昇しているという意見もある。構造要因プラス投機的要因、という見方だ。

 構造要因に関してはなるほどと思うのだが、マネーの影響については私は懐疑的である。投機的資金が市場に流入することで、長期にわたって価格を高いレベルに維持することは可能だろうか?
 念のため書いておくと、油田や精製施設に対する過小投資の問題も、ここでは構造要因に含めて考えており、マネーの影響というのは「現物に触る意志のない主体が行う売買」をさす。つまるところ先物市場の影響力の話である。
 例えば土地であれば、転売目的であってもとりあえず持っておくことにさほどの支障はないし、保有コストも固定資産税くらいのものだろう。株式であっても、転売のタイミングを失したらとりあえず保有しておいて配当金を受け取ることができる。また外国通貨であれば、転売目的で購入した通貨が値下がりした場合も、次ぎに値上がりするまで持ち続けてその国の企業の株を買うなりの運用が可能だろう。
 ところが石油、である。年金基金が石油で運用すると言って、はたして現物に触るだろうか? 油槽所に管理費を払って現物を預けて買い手を探すようなことをするだろうか? 石油流通企業ですら在庫をなるべく圧縮しようとしている今の状況で。
 これは穀物とも状況が異なる。穀物は生産時期が決まっており収穫量に合わせた倉庫が用意されているので、倉庫に収まっている現物を紙の上で売買することにたいした負担はないだろう。収穫期から次の収穫期までの間に全量を売りさばく前提でタイミングをはかるという性質の商品だ。
 そういう意味では、穀物の現物は石油の先物と似た商品かもしれない。よほどの不作でない限り穀物(現物)は翌年の収穫前に売りきらなければならないし、石油の先物は現物になる前に流通業者に売りきらなければならない。
 そういう条件のもとで、マネーの力で市場価格を高値で維持するということが、はたして可能なのだろうか? 平年作以上の穀物をマネーの力で高値に維持することは難しいと私は思う。では石油は?

 残念ながら、私は石油価格について専門性は持っていないし、特別な情報もない。ただ、日経新聞に掲載される石油価格(東京市場の現物と、ニューヨーク市場の先物)を過去10年間ほど追いかけているので、その数字を使ってマネーの影響力を考えてみようと思う。


2. 結論(枠組み)を最初に

 素人がもったいつける必要はないので、私の意見を最初に書こう。図1(pdfファイル)を見ていただきたい。
 ここで「本来の価格」というちょっと変な言葉を使った。経済の専門家は「ファンダメンタルズで決まる価格」とかいう言い方をするようだが、専門家でないのでどういう言葉で表現していいかよくわからない。「マネーの影響がなかった場合に落ち着きそうな価格」というような意味だ。
 この図で「マネーが石油価格をつり上げている」という主張は、矢印Aで示されている。なお、ここではあくまでも「先物価格」と書いておいた。「現物価格が先物価格にひきずられている」という言い方をよく見るのだけれど、おおいに疑問がある。現物を油槽所に預けてまで値上がりを待つという根性があればまた違うだろうけれど、穀物と違って毎日タンカーで運ばれる石油についてそれができるのだろうか、甚だ疑問。
 ということで、もしかすると現物も影響されるのかもしれないけれど、ここでは「先物」という言葉にしてある。

 ことが「先物」ということになれば、「つり上げている」というよりも「未来を予測している」という見方、矢印Bの見方の方が妥当ではないかと私は思う。予測が外れても給料が減らないお役人の予測より、自腹でゼニを張る市場の方が予測の精度が高いだろうということが先物市場の意義の一つだと私は理解している。
 そして石油のような基幹的商品の場合、比較的長期の設備投資や社会基盤に関わる投資によって消費量が規定されるため、未来を先取りする意義は大きい。たとえばある都市が路面電車に投資するかバス路線を続けるか判断しようとするときに、先物価格にもとづいた収支計画を検討する意味は大きいだろう。つまり、先物市場が持つ未来予測機能は、社会的に意義のある機能だと私は考えている。「価格をつり上げている」と主張する人はネガティブに評価していると思うが、未来の価格上昇を予測していると考える私はポジティブに見ているということになる。
 もちろんすべての未来予測ははずれるリスクを追っているわけだが「現状が続く」というのも一つの予測に過ぎない(にもかかわらず、根拠がなくても信じる人が多いのは困ったものだ)ことを考えれば、先物市場の未来予測能力を軽視すべきではないだろう。


3. 過去10年間の傾向分析

 といったところで、実データを使った分析に入る。図2(pdfファイル)は、日経新聞に掲載されている、東京市場のドバイ現物、ニューヨーク市場の期近物(翌月)・期先物(5か月先)のそれぞれを月ごとに平均した価格である(算出方法の細かいことは省略)。なお、2004年12月のデータは私の都合により欠落している(グラフの線が切れている)。
 先述の「新・国家エネルギー戦略」(p.1)では、1985年末の暴落以降1999年1月の底値までの期間を「安定期」とし、それ以降を「構造的な需給逼迫」と位置づけているが、私の意見は多少異なる。
 私の理解(関岡正弘氏から学んだことが大きい)によれば石油価格は、
(1)通常は弱含みで推移する
(2)カルテル(かつてはメジャーズ・今はOPEC)が成功すると一定の水準が維持される
(3)需給が逼迫すると突然暴騰する
という3つの特徴で整理される。この考え方で分類すると、石油危機以降(2)のカルテルが機能していたのが1985年までであり、85年末の「逆石油危機」以降は(1)の常態に戻って、それが1999年初めまで続いた。その後2003年末ぐらいまではOPECによるカルテル(2)が再び機能するようになって、バレルあたり22~28ドルという協定価格が維持されるようになったと言っていいだろう。一方、その後の2003年末以降の価格推移は、上記(1)~(3)の枠組みでは説明がつかないフェーズに入った=需給構造に大きな変化があった。これが私の見方である。
 ただし違いがあるとは言ったが、「新・国家エネルギー戦略」の分析と本質的に違うというものではない。1999年~2003年は状況としては「カルテルが価格維持に成功」ということになるが、なぜカルテルが成立したかの理由を考えると、OPEC各国の生産余力が乏しくなった可能性が高いと思うので、底流ではすでに需給構造変化が始まっていたと言えるからである。
 とはいえ、市場で何が起こったかを考える上では、2003年までと2004年以降は分けて考えた方がいい。これには次節の分析に関わる。


4. マネーの利益率

 マネーの行動を反映した数字をどう作るか、図2のデータをいろいろといじくってみた結果作ったのが、図3(pdfファイル)の数字である。
 手持ちのデータが限られているので、モデルもシンプルだ。月平均価格をもとにして(日単位の売り買いは無視して)、「マネーが5か月先物を購入し、4か月後にそれを売る(売った時点では1か月先物になっている)」というモデルである。
 まず「期先価格」というのは図2と同じく、その月のニューヨーク市場の5か月ものの月平均価格である。つまり、マネーはこの値段で期先物を購入し、4か月後にそれを売る。その結果得られた利益が「利益率」で示されている。
 この利益率は、購入した時点の月にプロットしたことに注意されたい。このグラフの最後(右端)の数値は2006年3月の値であるが、その利益率(緑の▲)は、2006年3月に5か月先物(8月の石油)を購入し、7月に1か月先物としてそれを売った場合の利益率を意味している。4か月間の利率なので、年利に換算すればその3倍になる。
 「先高度」というのは、期先価格と期近価格の差を期近価格に対する比で示したものだ。価格が安定している状況では期先物は期近物より安くなる(期近高-期先安)のが普通であり、したがって期先高はマネーが未来の上昇に大きな期待を持っている常態と見ることができる。それを示すためにこの数値を作った。マイナスが通常の常態、プラスは未来へ退きたいが膨らんでいることを意味する。
 図3における「期先価格」「利益率」「先高度」の意味は「9.11」の影響を見ると理解しやすいだろう。2001年に9.11同じた初テロが発生した際、市場は「短期的に石油需要が縮小する(価格が下がる)が、長期的にはあまり影響しないだろう」と予測し、実際そのとおりになった。図2にも出ているとおり、直後に価格が下がっているが、現物・期近物の下落と比べると期先物はあまり下落していない。長期的影響は小さいという予測を意味している。したがって9.11後の一時期に期先高が発生し「先高度」がプラスに転じているが、これは未来への期待というより、短期的下落の予想を意味している。
 一方、利益率に関しては先に書いたように「(5か月)先物を購入した月」でプロットしている。つまり、「2001年5月の時点で、まさか9.11テロが起こるとは予想もしていなかったマネーが5か月先物(10月決裁)を購入し、9月に期近物として売ろうとしたら暴落して大損した」という損失が2001年5月の「利益率」として図3ではプロットしてあるということだ。

 さて、実際に図3をトレースしてみよう。
(1) 弱含みの時期
 まず、99年5月頃までの「弱含み」の時期。これは85年末の逆石油危機から続いている時期だけれど、96年7月以前のデータを持っていないので図ではそれ以降しか描かれていない。
 私の記憶が合っていれば、OPECが価格カルテルを大々的に打ち出して会議を開いたのが96年の夏。その後毎年、カルテルの条件闘争を行って、実際にカルテルが効果を発揮したのが99年だったということになる。
 図3では98年から99年初めにかけて驚くほどの期先高になっているが、これはOPECの価格カルテルに対する期待感ではなかったか。にもかかわらず利益率は大きくマイナスになっている。つまり、カルテルの成功(高値安定)に期待して期先物を買ったけれど、なかなかカルテルが成功しなかったために期待が裏切られ損をした、そういうことを意味するのではないかと思う。

(2) カルテル成功の時期
 カルテル成功の時期については、指標がかなり安定している。短期的な大きな変化は9.11がらみだけではないだろうか。
 この時期の利益率は20%前後で推移している。もちろんマネーゲームであるから月平均価格と言っても動きは大きいが、マネーゲームとしてはかなり安定的に利益を確保できた時期ではないだろうか。4か月の利益率が20%ということは年利60%、手数料等を差し引いて年利50%程度といったところだろうか。リスクマネーが比較的安定して稼いだという意味では、比較的うまくいっていた時期、ということになるのではないだろうか。安定感があるので年金基金が参入してもおかしくはない。

(3) 構造変化後
 そして構造変化後、である。
 まず最初に書くべきことは、2年以上に渡る期間で、しかもカルテルの思惑(上限28ドルというカルテルから出発している)を超えて価格が一方的に上昇しているというのは、石油価格について人類が初めて経験したことだ、ということである。経済産業省が「構造的」変化と言っているのも頷ける。
 その上で図3の指標数値を見ると、カルテル前夜と違って先高度が後追いになっていることが目につく。98年当時は先高度が高まったけれど価格上昇はだいぶ後になり、1年スパンでは損失が目立っていた。それに対してこの構造変化後という時期は、市場の期待よりも実態の価格上昇が先行しているのではないかと思わされる。
 一方実績としての利益率ではカルテル成功時期の方が高い。
 3つの時期について整理して言うと、
○マーケットがヒートアップしたのはカルテル前夜(ただし損をしている)
○利益が大きかったのはカルテル成功時期
ということになる。


5.結論

 もしマネーの期待度が市場価格を高く支えることができるのだとすれば、1998年にそれがなされていたはずではないだろうか。
 また、マネーの実際の利益という観点からすると、カルテルによって価格が(28ドル程度で)安定していた時期の方が大きな利益を上げている。

 したがって、マネーが現在の石油価格を高値に維持している、という主張には疑問を持たざるを得ない。これが結論である。

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コメント

daiさん、どうも力作をありがとうございます。
 投機筋にできることというのは、ボラティリティを増やすことであって、平均値を上げることではないということではないでしょうか。

 つまり投機筋は値上がり局面と同様に値下がり局面でもカラ売りで儲けることができるわけですから、上げ続けないといけない、なんていう条件はなりたたないわけですよね。

さもなければ、投機筋とは実は石油消費の削減を目指して、価格高騰のために一方的に投資資金を使ってくれることによって、省エネを進める白馬の騎士である、ということになってしまいますよね。

投稿: SGW | 2006.08.20 23:02

SGWさん、さっそくコメントありがとうございます。
少し補足しますが、私が想定した「マネー」は比較的長期の運用をするファンド、たとえば年金基金なんかをイメージしています。
日単位で利鞘を稼ぐ売買は価格トレンドに影響しないだろうということで想定の外においたものですし、カラ売りして後で買い戻すという取り引きはマネーの運用と直接関係ない(投機行動ではありますが)ということで、これも除外して考えています。

投稿: dai | 2006.08.21 09:55

daiさんの言う比較的長期の運用をするマネーの影響については、毎日新聞社発行の週刊エコノミスト9/5号の中で、分析記事がありました。
P.35-36「商品投資が原油を100ドルに押し上げる」
佐野慶一氏(住友商事商品ビジネス部調査・投資チーム長)です。

中でのたとえとしては、こんなのをつかっています。
”株式市場でいえば、見た目は大型株なのだが、40%を一手に買い占める安定大株主がいて、実際に市場でトレード可能な"浮動株"が実は少ないというケースに例えられる。”
 日本の例で言えば過去の都市部の土地投機の上がり調子のようなものでしょうか。

投稿: SGW | 2006.09.04 21:44

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受信: 2006.08.20 22:53

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